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判例チェックNo.85 最高裁第一法廷平成30年7月19日判決・平成29年(受)第842号未払賃金請求控訴、同附帯控訴事件(出典最高裁ホームページ)≪平成30年8月1日投稿≫

★チェックポイント

1 いわゆる定額残業代の支払をもって法定の時間外手当の支払とみなすことができるのは、労働者が、定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を認識してその支払請求ができる仕組みが用意されているなどの場合に限られるか(消極)。

2 判示事情の下では、労働者に対する業務手当の支給が、時間外労働等に対する対価として認められるか(積極)

 

■事案の概要

(1) Xは薬剤師で、保険調剤薬局の運営を主たる業務とするYとの間で、週40時間、基本給46万1500円、業務手当10万1000円との約定で15か月余雇用され、Yから基本給と業務手当を受け取った。

(2) Xは、Yに勤務中の時間外労働等の時間は、賃金の計算期間である1か月間ごとでみると、全15回のうち時間外労働時間が30時間以上が3回、20時間未満が2回、その余の10回は20時間台であった。

(3) ところで、XY間の雇用契約に係る採用条件確認書には、業務手当は「みなし時間外手当」であり、「時間外勤務手当の取り扱い 年収に見込残業代を含む」「時間外手当は、みなし残業時間を越えた場合はこの限りではない」との記載があった。

また、Yの賃金規程には、「業務手当は、1賃金支払期において時間外労働があったものと見なして、時間手当の代わりとして支給する。」との記載があり、YとX以外の各従業員との間の確認書には、業務手当は固定時間外労働(30時間分)として毎月支給し、1賃金計算期間の時間外労働がその時間に満たない場合でも全額支給する等の記載があった。

しかし、Yは、従業員の労働時間管理にタイムカードを用いていたのに、これに打刻されるのは、出勤時刻と退勤時刻のみであり、Xは休憩時間に30分間業務に従事していたが、これについてはタイムカードによる管理がなされていなかった。また、YからXに交付されていた毎月の給与支払い明細書の時間外労働時間や時給単価の記載欄は、ほぼ全ての月が空欄であった。

(4) 原審は、Yに対するXの賃金及び付加金の請求を一部認容したが、その理由は、「いわゆる定額残業代の支払いを法定の時間外手当の全部または一部とみなすことができる」のは、「定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払いを請求することができる仕組み(中略)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切である等の場合に限られる」が、本件ではこのような要件を欠くから、業務手当を以て労働基準法37条に基づく支払の全部又は一部とみなすことはできず、Xの本件請求を認容すべきであるというのである。

(5) これに対し、本判決は、原判決の見解を採用せず、「労働基準法37条が時間外労働等につき割増賃金を使用者に義務づけているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、以て労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される。」として最高裁の判例(昭和47年4月6日第1小法廷判決・民集26巻3号397頁。平成29年7月7日第2小法廷判決・裁判集民事256号31頁医療法人康心会事件)を引用し、そして最高裁は、Xに対する「業務手当の支払によりXに対して労働基準法37条の割増賃金が支払われたということができないとした原審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。」として、原判決中Y敗訴部分を破棄し(すなわち原判決のY敗訴部分は判決に理由を付していないことになり民訴法312条2項6号に該当する。)、Xに支払われるべき賃金の額、付加金の支払い命令の当否及びその額等につき審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。

 

★コメント

いわゆる「定額残業代」を導入している雇用契約関係では、就業規則等において、労働関係上正規の労働時間を超えて就業した労働者に対し支払われるべき賃金のうち、通常の賃金以外の時間外・休日・深夜労働(以下「時間外等労働」という。)該当の各割増賃金については、時間外等労働の就業時間に一定の枠を設け、この枠内の時間外労働については合計して一定額の割増賃金を支払う旨の定め(以下「定額残業代規程」という。)を置いている。

ところが、この時間枠を超えて時間外等労働が行われ使用者から定額残業代規程に従って支払が行われた場合、これを労働基準法37条所定の割増賃金の一部又は全部の支払と見なすことができるかの問題については、更に定額残業代が割増賃金の実質を有するかの問題と、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができるかの問題とがあると指摘されている。

この後者の問題については、最高裁判所第一小法廷判決(平成24年3月8日判決・テックジャパン事件)の櫻井裁判官補足意見や判例中では判別可能性が重視されていると解され、原審もその系列の一つと解されないではないが、本判例では、テックジャパン判決が参照されていないことは注目される

以上