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判例

判例チェック No.19 最高裁判所第3小法廷平成22年3月16日判決

カテゴリ:判例
判例チェック No.19
最高裁判所第3小法廷平成22年3月16日判決
 
判例チェック №19
最高裁判所第3小法廷平成22年3月16日判決・退職慰労金等請求事件
(最高裁HP)
★ チェックポイント
株主総会の決議を経て内規に従い支給される退職慰労年金につき,集団的,画一的な処理が制度上要請されるなどを理由として,内規の廃止により退職慰労年金債権を失わせることはできない。
■ 事案の概要
Xは銀行業を営む株式会社であるYの取締役を退任した日に開催された株主総会決議等において、Yの定める一定の基準による相当額の範囲内でXに退職慰労金を贈呈することとし、その具体的金額、贈呈の時期、方法等については取締役会に一任する旨の決議をした。その後、取締役会は、これらの事項を代表取締役に一任する決議をした。上告人の退任当時,被上告人においては,役員の退職慰労金の算定基準等を定める本件内規が存在し,これによれば,退職慰労金には退職慰労一時金と退職慰労年金とがあり,退職慰労年金については、取締役会決議のあった月の翌月から20年間とするなどとされていた。Yは、Xに対し、退職慰労金のほかに平成13年3月分から同16年4月まで退職慰労年金を支給してきた。
しかし、Yは、平成9年度及び同10年度に経常損失を計上し、同年度の不良債権処理額は約314億円に上ったため、平成11年9月400億円の公的資金導入を受け、Yの株式保有会社は、平成15年、経営健全化目標の達成が不十分であるとして,金融庁から業務改善命令を受けた。Yは,平成15年8月?9月、上告人を含む退職慰労年金を受給中の元取締役らに対し、退職慰労年金の支給を停止せざるを得なくなったとして,上記)の経緯等を口頭及び書面で説明し,Xを除く大部分の者から同意を得たが、更に、平成16年4.月12日開催の取締役会において,同月30日をもって本件内規を廃止する旨の決議をし,同年5月1日,退職慰労金として退職慰労一時金だけを支給するものとする「役員退職慰労金内規」を施行して,同月以降の本件退職慰労年金の支給を打ち切ったので、XはYに対し、未支給年金の支払いを求めた。
 原審判決は、Yと退任取締役との間の退職慰労年金支給に関する契約は,同時期の退職者間のみならず,異なる時期に退職する取締役相互間の公平を図るため,本件内規に従い画一的に金額が算出されるようになっていること、退職慰労年金の支給期間は20年という長期にわたるところ,その間に社会経済情勢,会社の状況等が大きく変化した場合,既に退任した取締役と将来退任する取締役との間に不公平が生ずるおそれがあること、したがって,本件内規に変更又は廃止についての定めが置かれていなくても,退職慰労年金については,集団的,画一的処理を図るという制度的要請から,Yは、変更等の必要性,内容の妥当性,手続の相当性を考慮して一定の場合には本件内規を改廃することができ, Yの経営状況等に照らし,取締役の退職慰労年金制度廃止の必要性は極めて高かったと認められることなどの事情に照らせば,本件内規が改廃された場合には,これに同意しない者に対してもその効力が及ぶと解すべきであるとして、Xの請求を棄却した。
■ 本判例の要旨
 本判例の要旨は、「退任取締役が被上告人の株主総会決議による個別の判断を経て具体的な退職慰労年金債権を取得したものである以上、その支給期間が長期にわたり,その間に社会経済情勢等が変化し得ることや,その後の本件内規の改廃により将来退任する取締役との間に不公平が生ずるおそれがあることなどを勘案しても、退職慰労年金については,上記のような集団的,画一的処理が制度上要請されているという理由のみから,本件内規の廃止の効力を既に退任した取締役に及ぼすことは許されず,その同意なく上記退職慰労年金債権を失わせることはできないと解するのが相当である。」というものである。
その理由として説示するところは、Yの取締役に対する退職慰労年金は、取締役の職務執行の対価として支給される趣旨を含むものと解されるから,会社法361条1項にいう報酬等に当たる。本件内規に従って決定された退職慰労年金支給は、取締役の退任、Yの定める一定の基準による相当額の範囲内で支給するが、具体的金額、時期、方法等は取締役会に一任する旨のYの株主総会における決議、取締役会おける代表取締役への一任決議という過程を経て、代表取締役と退職取締役間で本件内規を内容とする慰労金支給契約が成立し、退職取締役は、それにより具体的な退職慰労年金債権を取得する。そして、このようにして成立した慰労年金支給契約は、退任取締役間の公平を図り集団的、画一的な処理をするため、成立後においてその効力を失わせることができるという法的性質をおびるものではないではないというのである。
■ コメント
 なるほど、会社と退任取締役間に成立した慰労年金支給契約の内容が退任当時の内規所定の支給基準により支払うというものであるから、成立した合意の支給基準のとおり支払うべきであるという本件判例も一定の理由がある。
 しかし、本件慰労年金支給契約は、本判例判示のとおり、取締役の退任、Yの株主総会における取締役会に一任する決議、取締役会おける代表取締役への一任決議という過程を経て、代表取締役と退職取締役間で本件内規を内容とする慰労年金支給契約が成立したのである。その過程からすると、同契約の内容は、取締役会の一任決議による代表取締役に対する授権の範囲で決定されたといえる。授権の内容は、内規を基礎とするから、支給額のみならず支給の有無も内規の変更に応じて変更されると解される余地も充分あるのではないか。原判決もその趣旨のように思われる。元取締役の大部分が内規の変更の結果を受け入れているし、本判例の如く画一的・硬直的に処理するならば、確定拠出年金法45条1号、46条1項により、厚生労働大臣の承認による企業型年金の終了にもかかわらず、退任取締役の年金負担を在職従業員に強制することになり、このようなことは、企業経営上も、好ましいことではない。アメリカの企業破綻にもかかわらず取締役報酬が多額に上ることが激しい論議の対象となったこともある。
 本判例は、内規の支給基準が退職年金支給契約の内容となり、同契約は、その性質上原審説示のような変更事由を定めるものではないことを認める最高裁の立場を示すものとして、注目すべきである。しかし、他方において、黙示的な(変更事由を認める)合意の有無,事情変更の原則の適用の有無等につき更に審理を尽くさせるため,原審に差し戻しており、事案の具体的解決についてはこれらの点も重要であろうから、今後これらについての裁判所の判断も注目するべきである。
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