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判例

判例チェック No.71 最高裁第3小法廷平成28年3月1日判決・平成26年(受)第1434号,第1435号損害賠償請求事件(出典 最高裁HP)

カテゴリ:判例
判例チェックNo.71 
最高裁第3小法廷平成28年3月1日判決・平成26年(受)第1434号,第1435号損害賠償請求事件(出典 最高裁HP)
 
★チェックポイント
1 精神障害者の配偶者(妻)は、当然に民法714条の法定監督義務者に当たるといえるか(消極)
2 法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係その他諸般の事情に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けての監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、法定の監督義務者に準ずべき者として、同人に対し同条が類推適用されるか(積極)
 
■事案の概要
平成19年12月当時91歳で認知症が中等度から重度に進んでいたA男は、妻と親族が監視していなかった僅かの隙に家を出て最寄りの駅から乗車し、下車したJRの駅構内で排尿のためホーム先端のフェンス扉を開け線路に降り、進行してきた電車と接触して死亡した(なおAは現金を所持しなかった。)。
JRは、Aの妻Y1と長男Y2に対し、民法709条又は714条に基づき、Aの死亡事故による列車遅延等による振替輸送等により生じた損害の賠償請求をした。
原審は、Y1はAと同居する配偶者として夫婦の協力及び扶助義務に基づきAに対する監督義務を負うから、民法714条の法定監督義務者に該当し損害賠償責任があるが、Y2は長男として扶養義務を負担するがそれは経済的な扶助の義務であって,実際にもAとは別居していて身上監護の義務を負担していなかったから、同条の監督義務者に該当しないとして賠償責任を認めなかった。
そこで、JRとY1が上告したのが本件である。
 
■判旨(筆者の独断による)
1 精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできない。
2 法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用されると解すべきである。
3 ある者が,精神障害者に関し,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,その者自身の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。
 
★コメント
1 本判決は、判旨1の理由を大要次のように説明する。
(1) 民法714条1項は責任無能力者の加害による損害賠償責任の負担者を法定の監督義務者とするところ、Aの法定の監督義務者としては、平成11年法律第65号による改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律22条1項により精神障害者に対する自傷他害防止監督義務が定められていた保護者(執筆者注:同法20条では後見人又は保佐人に次いで配偶者が保護者となる。)や,平成11年法律第149号による改正前の民法858条1項により禁治産者に対する療養看護義務が定められていた後見人が挙げられる。
しかし,保護者の精神障害者に対する自傷他害防止監督義務は,上記平成11年法律第65号により廃止された(なお,保護者制度そのものが平成25年法律第47号により廃止された。)。また,後見人の禁治産者に対する療養看護義務は,上記平成11年法律第149号による改正後の民法858条において成年後見人がその事務を行うに当たっては成年被後見人の心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない旨のいわゆる身上配慮義務に改められた。しかしこの身上配慮義務は,成年後見人の権限等に照らすと,成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって,成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。よって平成19年当時においては、配偶者は直ちには法定の監督義務者に該当するということはできない。
(2) 民法752条は,直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。すなわち、同条は夫婦の同居,協力及び扶助の義務について規定しているが,これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって,第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく,(中略),扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとしても,そのことから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると,同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできない。他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。
2 本判決は、判示事項1のとおりY1につき精神障害者の配偶者として法定の監督責任を負担しないとするが、Y2についても、「第1審被告Y2がAの長男として負っていた扶養義務は経済的な扶養を中心とした扶助の義務であって引取義務を意味するものではない上,実際にも第1審被告Y2はAと別居して生活しており,第1審被告Y2がAの成年後見人に選任されたことはなくAの保護者の地位にもなかったことに照らせば,第1審被告Y2が,Aの生活全般に対して配慮し,その身上を監護すべき法的な義務を負っていたとは認められない。したがって,第1審被告Y2は,Aの法定の監督義務者であったとはいえない。また,第1審被告Y2は,20年以上もAと別居して生活していたこと等に照らせば,Aに対する事実上の監督者であったともいえない。」と判示している。
3 本判決は、以上のように法定の監督義務者の範囲を制限するが、他方において、判旨事項2のとおり、法定の監督義務者に準ずべき者(第三者に対する加害行為の防止に向けての監督義務を引き受けたと見るべき特段の事情がある者)に民法714条1項の類推適用を認め、先例として最高裁第一小法廷昭和58年2月24日判決(最高裁判所(民事)138号217頁を引用している。この先例は、最高裁判所裁判集(民事)要旨集 民法編(下)1116頁によると「既に成年に達しながら両親と同居している精神障害者が心神喪失の状況のもとで他人に障害を負わせたが,当該傷害事件の発生するまでその行動にさし迫った危険があったわけではなく、右両親は老齢でその一方は1級の身体障害者であり、いずれも精神衛生法上の保護義務者にされることを避けて同法20条2項4号の家庭裁判所の選任を免れていたこともなかった等判示の事実関係のもとでは、右両親に対し民法714条の法定の監督義務者又はこれに準ずべき者としての責任を問うことはできない。」とするものである。
4 本判決は、判示事項2に続き判旨事項3において、法定の監督義務者に準ずべき者として民法714条の類推適用を受けるべき者の判断基準とY1及びY2が同基準に該当しないことを詳細かつ具体的に説明している。
5 民法714条の法的監督義務違反については、大谷剛彦判事が本判決の意見中で述べられるとおり、従前は一般的監督義務として監督義務者にほぼ無過失の責任を負わせる方向にあったといえる。しかし認知症高齢者とその介護負担の増加、認知症高齢者の損害賠償責任が社会問題化してきた現在、本判例の意義は少なからぬものであるが、同条の類推適用の基準は更に明確・具体化しないと実用的ではなく、更に一層の検討が望まれる。
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