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判例

判例チェック№91 最高裁第二小法廷令和2年2月28日判決・平成30年(受)第1429号債務確認請求本訴,求償金請求反訴事件(出典最高裁ホームページ)

2020-03-24
判例チェック№91
 
最高裁第二小法廷令和2年2月28日判決・平成30年(受)第1429号債務確認請求本訴,求償金請求反訴事件(出典最高裁ホームページ)
 
★チェックポイント
被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合,被用者は相当と認められる額を使用者に求償することができるか(積極)
 
■事案の概要
(1) 被上告人Yは,貨物運送を業とする資本金300億円以上の株式会社であり,上告人Xを雇傭していたが,Xは,平成22年,Yの事業の執行としてトラックを運転中,自転車を運転中の被害者Aとの接触事故を起こし,Aを死亡させた(以下「本件事故」という。)。
(2) Aの相続人は,長男と二男(以下それぞれを単に「長男」,「二男」という。」とであった。
(3) Yは,その事業に使用する車両全てについて自動車保険契約等を締結していなかった。そして,Yは,Aの治療費として合計47万円余りを支払った。
(4) 二男は,Yに対し,本件事故による損害の賠償金請求訴訟を提起した結果成立した訴訟上の和解により,Yは,平成25年9月,二男に対し,和解金1300万円を支払った。
(5) 長男は,Xに対する本件事故による損害賠償請求訴訟を提起したところ,その第1審裁判所は,平成26年2月,Xに対し,46万円余りと,その遅延損害金の支払いを命じる限度において原告の請求を認めるがその余の請求を棄却するとの判決を言い渡した。同年3月,Xは,この判決に従い,長男に対し,52万円余りを支払った。
  しかし,長男は,この判決に対し控訴したところ,控訴裁判所は,原判決を変更し,1383万円余り及び遅延損害金の限度で支払いを命じ,この判決が確定した。
(6) Xは,平成28年6月,上記判決に従い,長男のために1552万円余りを有効に弁済供託した。
(7) よってXが二回に亘り長男に支払った金額は合計1604万円以上となる。
 そこでXはYに対し,本件事故に関し,第三者長男に加えた損害を賠償したことにより,Yに対し,求償金等の支払請求権を取得したとし,これを訴訟物とするのが本件訴訟と解される。

■判旨
 被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を与え,その損害を賠償した場合には,被用者は,諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に求償することができる。
 
★コメント
1. 本判例は,本件判旨を導く理由として,要旨以下のとおり述べる。
(1) 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,上告人の本訴請求を棄却した。
  被用者が第三者に損害を加えた場合は,それが使用者の事業の執行についてされたものであっても,不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し,負担すべきものである。民法715条1項の規定は,損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え,使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず,被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において,使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが,これは,信義則上,権利の行使が制限されるものにすぎない。
  したがって,被用者は,第三者の被った損害を賠償したとしても,共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き,使用者に対して求償することはできない。
 (2) しかし最高裁は,本件判決において,原審の上記判断は是認することができないとする理由として,次のとおり述べる。
 ① 民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・民集11巻4号646頁,最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日第二小法廷判決・民集42巻6号451頁参照)。このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
 ② また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
③ 以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。
2. 上記1(2)②で引用されている最高裁判例のうち昭和51年7月8日判決の要旨は,「石油等の輸送及び販売を業とする使用者が,タンクローリーを運転中の被用者の惹起した自動車事故により,直接損害を被り,かつ,第三者に対する存外賠償義務を履行したことに基づき損害を被った場合において,使用者が業務用車両を多数保有しながら対物賠償責任保険及び車両保険に加入せず,また,右事故は被用者が特命により臨時に乗務中生じたものであり,被用者の勤務成績は普通以上である等判示の事実関係のもとでは,使用者は,信義則上,右損害のうち4分の1を限度として,被用者に対し,賠償及び求償を請求しうるに過ぎない。」というものである。
3. 本判例には,菅野博之及び草野耕一両裁判官の補足意見並びに三浦守裁判官の補足意見があるが,Yは貨物自動車運送業を営む上場会社であり,Xは一般的な部類のトラック運転者であって,YとX間には社会的に見て危険の予知能力や危機対応能力の差があり,本件事故の結果は,一方にとっては企業経営の問題であるのに対し他方では生活上の不利益の問題となる等諸般の事情を考慮すべきであること,また,貨物自動車運送事業法などが運転者の負担軽減の点でも重要な意義を有するなどを指摘しているなど,問題把握の視点などはいずれも参考となると思われる。
  なお,使用者から被用者に対する損害賠償請求権の制限,逆求償について論じた文献としては,潮見佳男「不法行為法Ⅱ(第二版)」52頁以下がある。

以上
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肥後橋法律事務所
 
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