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判例

判例チェック No.43 最高裁判所第二小法廷平成25年7月12日判決・損害賠償請求,民訴法260条2項の申立て事件

カテゴリ:判例
判例チェックNo.43
最高裁判所第二小法廷平成25年7月12日判決・損害賠償請求,民訴法260条2項の申立て事件
(出典 最高裁HP)
 
☆チェックポイント
壁面に吹き付けられた石綿が露出している建物内で就業していた労働者が石綿の粉じんを吸入して悪性胸膜中皮腫に罹患した場合に、当該建物の所有者が労働者に対し、民法717条1項ただし書きに基づく損害賠償債務を負担するのには、石綿の粉じんによる健康被害の危険性に関する科学的知見や一般人の認識などから当該建物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになった時点以降の粉じんばく露と、悪性胸膜中皮腫の発症との間に相当因果関係がなければならない。
■(事案の概要)
 本件は,亡Aの相続人である被上告人らが,Aは勤務先の建物の壁面に吹き付けられた石綿(アスベスト)の粉じんを吸入したことにより悪性胸膜中皮腫に罹患したため,自殺したと主張して,上記建物の所有者である上告人に対し,民法717条1項ただし書の規定に基づく損害賠償請求訴訟を提起したところ、原判決はこれを認容する趣旨の判決をしたが、最高裁は上告を受けて原判決の破棄差し戻しをした事案である。
 Aは,昭和45年3月から平成14年5月まで,私鉄駅高架下の建物(以下「本件建物」という。)を店舗兼倉庫として使用する文具店の店長として本件建物で勤務していたが、平成14年7月に悪性胸膜中皮腫の診断を受けて治療中,その症状の悪化等による精神的,心理的ストレスにより適応障害を発症し,平成16年7月20日,自殺した。
 本件建物は,昭和45年3月に建築され、その壁面にはクロシドライトを含む石綿が吹き付けられていて建物の構造上石綿の粉じんが飛散しやすい状態にあり、昭和61年頃以降は特に飛散が目立っていた。
 ところで我が国では,昭和45年頃の時点では,建築物に吹き付けられた石綿(以下「吹付け石綿」という。)の粉じんにばく露することによる健康被害の危険性はまだ指摘されていなかったけれども,昭和49年に,吹付け石綿から飛散する粉じんの有害性を警告する書籍が出版され,昭和60年及び昭和62年に,吹付け石綿の除去等の対策をとる必要があることを指摘する論稿が出され、また同年には,文部省により全国の公立学校を対象に吹付け石綿についての実態調査が実施されてその除去工事が進められることになり,建築基準法施行令に基づく告示による耐火構造の指定から吹付け石綿が除かれ,大阪府でもアスベスト対策検討委員会が設置された。平成7年には,労働安全衛生法施行令の一部改正により,クロシドライトの新たな製造及び使用が禁止され,平成17年に制定された石綿障害予防規則において,事業者はその労働者を就業させる建築物の吹付け石綿の粉じんに労働者がばく露するおそれがあるときは,当該石綿の除去,封じ込め,囲い込み等の措置を講じなければならないものとされた。
 平成14年、当初の本件建物所有者は上告人に吸収合併された。
■(本件判決の概要)
 土地の工作物の設置又は保存の瑕疵とは,当該工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうものであるところ,吹付け石綿を含む石綿の粉じんにばく露することによる健康被害の危険性に関する科学的な知見及び一般人の認識並びに様々な場面に応じた法令上の規制の在り方を含む行政的な対応等は時と共に変化していることに鑑みると,上告人が本件建物の所有者として民法717条1項ただし書の規定に基づく土地工作物責任を負うか否かは,人がその中で勤務する本件建物のような建築物の壁面に吹付け石綿が露出していることをもって,当該建築物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになったのはいつの時点からであるかを証拠に基づいて確定した上で,更にその時点以降にAが本件建物の壁面に吹き付けられた石綿の粉じんにばく露したこととAの悪性胸膜中皮腫の発症との間に相当因果関係を認めることができるか否かなどを審理して初めて判断をすることができるというべきである。しかるに原判決はこの時点を確定せず相当因果関係の存否も判断していないので、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
●コメント
 本判例の趣旨からすると、吹付け石綿の粉じんばく露防止措置の欠如があっても、健康被害の危険性に関する科学的な知見及び一般人の認識並びに様々な場面に応じた法令上の規制の在り方を含む行政的な対応等に鑑み、当該建築物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになった時点以降における粉じんばく露と悪性胸膜中皮腫の発症との間に相当因果関係がなければ、土地の工作物の保存に瑕疵はなく建物所有者の賠償責任がないとの結論に導かれると思われる。
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