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判例

判例チェックNo.83 最高裁判所第一小法廷平成30年2月15日判決・損害賠償請求事件 (出典 最高裁HP)

2018-03-23
カテゴリ:判例
判例チェックNo.83 
最高裁判所第一小法廷平成30年2月15日判決・損害賠償請求事件 (出典 最高裁HP)
 
☆チェックポイント
親会社が,自社及び子会社等のグループ会社における法令遵守体制を整備し,法令等の遵守に関する相談窓口を設け,現に相談への対応を行っていた場合において,親会社が子会社の従業員による相談の申出の際に求められた対応をしなかったことは,判示の事情の下においては,信義則上の義務違反といえるか(消極)
 
■事件の概要
(1) 上告人・1審被告Yは,自社とその子会社である発注会社及び勤務先会社等とでグループ会社(以下「本件グループ会社」という。)を構成する株式会社である。
そして国際社会から信頼される会社を目指すとして,自社及び子会社等から成る企業集団の業務の適正等を確保するための体制を整備するため,国内外の法令,定款,社内規程及び企業倫理(以下「法令等」という。)の遵守に関する事項を社員行動基準に定め,Yの取締役及び使用人の職務執行の適正並びに本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正等を確保するためのコンプライアンス体制(以下「本件法令遵守体制」という。)を整備していた。そして,Yは,本件法令遵守体制の一環として,本件グループ会社の役員,社員,契約社員等本件グループ会社の事業場内で就労する者が法令等の遵守に関する事項を相談することができるコンプライアンス相談窓口(以下「本件相談窓口」といい,これに関する仕組みを「本件相談窓口制度」という。)を設け,上記の者に対し,本件相談窓口制度を周知してその利用を促し,現に本件相談窓口に対する相談の申出があればこれを受けて対応するなどしていた。
(2) 被上告人・1審原告Xは,勤務先会社の契約社員である。勤務先会社は,発注会社からYの事業場内にある本件工場内での業務を請け負っており,Xは本件工場内でその業務に従事する間,発注会社の課長Aと肉体関係を伴う交際をしていたが,その仲が疎遠になり,Aに関係を解消したいとの手紙を渡した。
ところが,Aは,Xとの交際を諦めきれず,平成22年8月以降,本件工場で就労中のXに近づいて自己との交際を求める旨の発言を繰り返し,Xの自宅に押し掛けるなどした(以下,Xが勤務先会社を退職するまでに行われたAの上記各行為を「本件行為1」という。)。Xは,Aの本件行為1に困惑し,次第に体調を崩すようになった。
(3) このため,Xは,平成22年9月,職場の係長に対し,Aに本件行為1をやめるよう注意してほしい旨を相談した。係長は,朝礼の際に「ストーカーや付きまといをしているやつがいるようだが,やめるように。」などと発言したが,それ以上の対応をしなかった。
Xは,その後もAの本件行為1が続いたため,平成22年10月4日に係長と,同月12日に課長及び係長とそれぞれ面談して,本件行為1について相談したが,依然として対応してもらえなかったことから,同日,勤務先会社を退職した。そして,Xは,同月18日以降,派遣会社を介してYの別の事業場内における業務に従事した。
(4) しかし,Aは,Xが勤務先会社を退職した平成22年10月12日から同月下旬頃までの間や平成23年1月頃にも,Xの自宅付近において,数回Aの自動車を停車させるなどした(以下,Aの上記各行為を「本件行為2」といい,本件行為1と併せて単に「本件行為」という。)。
(5) Xが本件工場で就労していた当時の同僚であった勤務先会社の契約社員Bは,Xから自宅付近でAの自動車を見掛ける旨を聞いたことから,平成23年10月,Xのために,本件相談窓口に対し,AがXの自宅の近くに来ているようなので,X及びAに対する事実確認等の対応をしてほしい旨の申出(以下「本件申出」という。)をした。
Yは,本件申出を受け,発注会社及び勤務先会社に依頼してAその他の関係者の聞き取り調査を行わせるなどしたが,勤務先会社から本件申出に係る事実は存しない旨の報告があったこと等を踏まえ,Xに対する事実確認は行わず,同年11月,Bに対し,本件申出に係る事実は確認できなかった旨を伝えた。
(6) 以上の事実関係に基づき,XはYに対し,債務不履行又は不法行為による損害賠償請求訴訟を提起した。
原判決は,「Aは,本件行為につき,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。」「勤務先会社は,Xに対する雇用契約上の付随義務として,使用者が就業環境に関して労働者からの相談に応じて適切に対応すべき義務(以下「本件付随義務」という。)を負うところ,課長らは,Xから本件行為1について相談を受けたにもかかわらず,これに関する事実確認や事後の措置を行うなどの対応をしなかったのであり,これによりXが勤務先会社を退職することを余儀なくさせている。そうすると,勤務先会社は,本件行為1につき,課長らが被上告人に対する本件付随義務を怠ったことを理由として,債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。」「Yは,上告人は,法令等の遵守に関する社員行動基準を定め,本件相談窓口を含む本件法令遵守体制を整備したことからすると,人的,物的,資本的に一体といえる本件グループ会社の全従業員に対して,直接又はその所属する各グループ会社を通じて相応の措置を講ずべき信義則上の義務を負うものというべきである。」「Y自身においても,平成23年10月,従業員BがXのために本件相談窓口に対し,本件行為2につきXに対する事実確認等の対応を求めたにもかかわらず,Yの担当者がこれを怠ったことによりXの恐怖と不安を解消させなかったことが認められる。」「以上によれば,Yは,Xに対し,本件行為につき,上記信義則上の義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償責任を負うべきものと解される。」と判示してXの請求を認めた。
これに対し,Yが上告したのが本件である。
 
■判示事項
親会社が,自社及び子会社等のグループ会社における法令遵守体制を整備し,法令等の遵守に関する相談窓口を設け,現に相談への対応を行っていた場合において,親会社が子会社の従業員による相談の申出の際に求められた対応をしなかったからといって,直ちに親会社に信義則上の義務違反があったとはいえない。
 
●コメント
1 本判決は,事件の概要(6)で略記した原判決理由を否定し,原判決中Y敗訴部分を破棄してX勝訴部分を取り消してその請求を棄却し,また1審判決中Xの敗訴部分についてのXの控訴を棄却し,結果としては,Xの全部敗訴とした。
2 本判決の理由の要旨は以下のとおりである。
(1) 原審がXの請求を一部認容した理由は,概要次のとおりである。
Xは,勤務先会社に雇用され,本件工場での業務に従事するに当たり,勤務先会社の指揮監督の下で労務を提供していた。
Yは,①法令等の遵守に関する社員行動基準を定め,②法令遵守体制を整備していたものの,Xに対し法令遵守体制につき指揮監督権を行使する立場にあったとか,Xから実質的に労務提供を受ける関係にあったとみるべき事情はないというべきである。また,Yが整備した法令遵守体制の仕組みの具体的内容が,勤務先会社が使用者として負うべき雇用契約上の付随義務をY自らが履行しまたはYの直接間接の指揮監督の下で勤務先会社に履行させるものであったとはいえない。そしてこれらの事情によれば,Yは,自らまたはXの使用者である勤務先会社を通じて付随義務を履行する義務を負うものとはいうことができず,また,勤務先会社が本件付随義務に基づく対応を怠ったことのみをもって,YのXに対する信義則上の義務違反があったものとすることはできない。
(2) もっとも,Yは,前記事実関係等によれば,本件当時,本件法令遵守体制の一環として,本件グループ会社の事業場内で就労する者から法令等の遵守に関する相談を受ける本件相談窓口制度を設け,上記の者に対し,本件相談窓口制度を周知してその利用を促し,現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものであるが,Yがこれらを行う趣旨は,本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正の確保等を目的として,本件相談窓口における相談への対応を通じて,本件グループ会社の業務に関して生じる可能性がある法令等に違反する行為(以下「法令等違反行為」という。)を予防し,又は現に生じた法令等違反行為に対処することにあると解される。
これらのことに照らすと,本件グループ会社の事業場内で就労した際に,法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が,本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば,Yは,相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ,上記申出の具体的状況いかんによっては,当該申出をした者に対し,当該申出を受け,体制として整備された仕組みの内容,当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。
(3) これを本件についてみると,Xが本件行為1について本件相談窓口に対する相談の申出をしたなどの事情がうかがわれないことに照らすと,Yは,本件行為1につき,本件相談窓口に対する相談の申出をしていないXとの関係において,上記(2)の義務を負うものではない。
(4) また,前記事実関係等によれば,Yは,平成23年10月,本件相談窓口において,従業員BからXのためとして本件行為2に関する相談の申出(本件申出)を受け,発注会社及び勤務先会社に依頼してAその他の関係者の聞き取り調査を行わせるなどしたものである。本件申出は,Yに対し,Xに対する事実確認等の対応を求めるというものであったが,本件法令遵守体制の仕組みの具体的内容が,Yにおいて本件相談窓口に対する相談の申出をした者の求める対応をすべきとするものであったとはうかがわれない。本件申出に係る相談の内容も,Xが退職した後に本件グループ会社の事業場外で行われた行為に関するものであり,Aの職務執行に直接関係するものとはうかがわれない。しかも,本件申出の当時,Xは,既にAと同じ職場では就労しておらず,本件行為2が行われてから8箇月以上経過していた。
(5) したがって,上告人Yにおいて本件申出の際に求められた被上告人Xに対する事実確認等の対応をしなかったことをもって,上告人Yの被上告人Xに対する損害賠償責任を生じさせることとなる上記(2)の義務違反があったものとすることはできない。(紹介者注 アンダーライン部が判旨である。)
3 本判例の紹介者の極めておおざっぱな見解であるが,本判例は,付随義務の概念が抽象的であって具体的には何をもって違反となるかをたやすく判定し難いためその判断に困難を伴うが,実態の把握と論理的分析が解決の糸口として必要であることを示すものであろう。
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